商業スポーツ施設経営者 各 位
平成18年7月31日、埼玉県ふじみ野市の市営プールにおいて営業中に排水口のふたが外れ、遊泳中の女児が吸い込まれて死亡する痛ましい事故が発生しました。 亡くなられた戸丸暎梨香さんのご冥福を心からお祈り申し上げます。 [繰り返される排水口事故] 楽しいはずの夏休みに、何故このような悲惨な事故が発生したのでしょうか。 1997年発刊「あぶないプール」(三一書房)の著者有田一彦氏の調査では、1966〜1995年の30年間で54件の排水口事故が確認され、その著書の中で発表しています。また、現在まで少なくとも59件の排水口事故が発生しているとの資料もあり、過去の貴重な教訓が全く生かされておらず、まさに多発するままに放置されていたといっても過言ではありません。 排水口事故の大半は学校プールで起こっています。また、今回の事故のように公共プールと呼ばれる地方自治体のプールでも発生していますが、この事件を機に文部科学省や各自治体が、各施設の安全防止措置の再調査を実施したところ、全国各地に大量の未整備施設があることが表面化したことは周知のとおりです。 幸いなことに、現在まで、スイミング・スポーツクラブにおける排水口事故は1件も発生しておりません。 我々の業界では、常により質の高いサービスの提供をお客様から求められています。そのサービスの根幹にあるものは、やはり施設やプログラムの安全性が基盤となっており、クラブ内でのプログラムに限らず、危機管理システムを構築し、マニュアルを作成して、なお且つ、定期的な従業員教育を実施してきている成果であると考えます。 今回の事故について、同一施設を有する私達の業界も現状に甘んずることなく、襟を正し、危機管理システムや従業員教育を再チェックし、より一層の努力と研鑽を重ねなければ、お客様からの信頼を勝ち得ることはできません。 [プール施設の管轄はどこ?] 今回の事故で問題とされているひとつに、プール施設の管理監督はどこが行っているのかが分かりにくいといったことがあります。 現在、プールの安全確保に関する国の法律はありません。プールの設置者によって管轄する省庁が異なり、かつ、管理監督の基準も統一されたものではありません。この事件を機に、「プールにおける事故対策に関する関係省庁連絡会議」が開催され、国は各省庁間で異なる基準の統一化を進めております。 以下に、現在の行政と各種プールとの関係について整理し、管理監督の現況を記載いたします。 1.「学校プール」 文部科学省の学校保健法の「学校環境衛生の基準」のなかに定める「水泳プールの管理」に基づいて、文部科学省によって行われています。 2.「都市公園プール」 国土交通省の管轄する公園内のプールは、「都市公園技術基準」基づいて、国土交通省によって行われています。 3.「民間プール」「公共プール」 厚生労働省が定める「遊泳用プールの衛生基準」が適用されますが、この基準は都道府県、政令市及び特別区において、プールの管理者等に対する条例を策定するための指針として定められたもので、法的拘束力はありません。 地方自治体の「公共プール」と、スイミング・スポーツクラブといった「民間プール」の開設許可・管理監督者は各地方自治体であり、地方自治体が制定する「プール取締条例」や「プール維持管理指導要綱」といった条例や指導要綱によって管理監督がなされています。 また、「条例」には罰則が伴いますが、「要綱」には罰則は伴いません。 今回の事故は、埼玉県ふじみ野市の市営施設で発生しており、「埼玉県プール維持管理指導要綱」に基づいて所沢保健所長に開設届を提出し審査を受けています。 [商業スポーツ施設のプール] 従って、私達商業スポーツ施設の「民間プール」は、保健所を窓口として地方自治体が制定する「条例」または「指導要綱」によって管理監督されることになりますが、実際には「地方自治法」に定められている条例・指導要綱を制定している自治体は少数でしかありません。 毎日新聞の8月13日付朝刊で、全国の条例・指導要綱の制定状況の調査結果が掲載されました。 以下に、援用させて頂きますのでご一読願います。 また、自施設の所在地で条例・指導要綱のあるところは、その自治体のホームページからダウンロードできますので、必ず、入手して管理・運営にご使用ください。
[この事故の問題点] 今回、関係者の間でも一部情報が混乱している点が、安全防止措置の基準についてです。 文部科学省の「学校環境衛生の基準」は、吸排水口にねじやボルトで固定したふたを設置することと定めておりますが、多発する排水口事故を背景として、1996年5月20日付「通知」により、ふたの内側にも吸い込み防止金具を付ける二重の対策を取ることを初めて指導しました。 また、厚生労働省の「遊泳用プールの衛生基準」では、プールの排水口及び循環水の取入れ口の格子鉄蓋や金網が正常な位置にあり、欠損・変形がないことと定めており、吸い込み防止金具の設置といった二重の対策を求めていません。従って、同基準を指針として制定されている、各地方自治体の「条例」や「指導要綱」においても、同様に二重の対策を求めていませんが、唯一愛知県の「愛知県プール条例」においてのみ、同基準を上回る「排水口には、堅固な金網、鉄格子等を二重に設けること」という、明確な表現を用いてこれを定めています。 自施設のプールが、前項のいずれに当たるか、及びどの自治体に属しているのかによって、基準が異なり、吸い込み防止金具を付ける二重の対策を取る必要が生じてくるのです。 しかしながら、現在、二重の安全対策を求められていない施設においても、今後いずれ吸い込み防止金具の設置が義務付けられるようになると思われますので、早いタイミングで時期をみて設置されるのがよろしいでしょう。 第2の問題点は、「危機管理」における対応のミスにあります。 監視員は防護柵が外れた時点で、何故、遊泳者を退水させなかったのでしょうか。また、安全確保のため、直ちにポンプを止めるべきであったはずです。 今回の事故では、運営委託会社が孫請であることは論外として、マニュアルもなく、充分な従業員教育もなされておりませんでした。マニュアルと従業員教育とは表裏一体です。スイミング・スポーツクラブにおかれましては、既に各施設において「プール管理マニュアル」を作成され、定期的に充分な「従業員教育」を実施していることと思いますが、一度作成した管理マニュアルが完全で永久的なものではありません。自施設において、事故が発生しないためあらゆる場面を想定して、事故を防止する手段を講じなければなりません。今回の事故を受け、様々な問題点が浮き彫りとなってきており、各クラブとも、自施設の「プール管理マニュアル」の再チェックが必要不可欠であると考えます。 [責任の所在] 「ふじみ野市大井プール」は、管理運営を太陽管財Mがふじみ野市の指名競争入札で落札し「プール管理運営委託会社」となっておりましたが、その業務をM京明プランニングに「丸投げ」していたことが表面化しました。市と委託契約を交わした管理運営業務を、他社に丸投げした太陽管財Mの責任。その業務を杜撰な管理運営によって、取り返しのつかない事故を起こしてしまったM京明プランニングの責任‥‥‥。 亡くなられた女児及びご遺族の方の悲しみや怒りは、計り知れないほど大きく、その責任の追及は当然のことであり厳しく糾弾されるべきことです。また、雇用されていた監視員が、充分な訓練も受けていない高校生が大半だったことに、やり切れない思いがいたします。当事者は、恐らく心の中に大きな傷を負ってしまったものと考えます。 当初、マスコミは運営受託者である民間企業の責任のみを、大きくクローズアップして報道を行っておりましたが、ここへきて漸く、設置者(市)や運営者(教育委員会)の責任も、同様に問う内容に変わってきたようです。また、「設計要件」自体が、果たして安全なプールとしての要件を満たしていたのでしょうか。この場合には、施設建築設計者や施工業者の責任も問われることとなります。 2003年9月地方自治法の一部改定により、全国の自治体で「指定管理者制度」が導入され、公共施設の管理・運営を民間が直接受託できるようになり、現在、私達の業界内でも多数の民間企業(団体)が、指定管理者として公共施設の管理・運営に携わっております。指定管理者は「協定書」によって、その義務と責任について、かなり細かくリスクを想定し責任分担を明確に定められています。 今回の事故を契機に、指定管理者制度の見直しも話題に上っているようですが、吸い込み事故を防止するため、プールにおける循環水の取入口・排水口には、おのずから安全な「設計要件」があります。受託する施設の安全構造が、この要件を満たしているかを確認し、不適合の場合は設置者に抜本的な改善を求める必要があるでしょう。 [プロとしての自覚と責任を持とう] プールに関連する大きな事故が発生する度に、マニュアルの存在とその業務の従事者の資質がクローズアップされて論ぜられます。厚生労働省の「遊泳用プールの衛生基準」には、マニュアルの作成と従業者の訓練が義務付けられています。マニュアルは本来、それぞれの施設の特異性に基づいて作成されるべきものですが、当協会では加盟クラブ向けにその基礎となる「安全管理マニュアル」を用意しておりますので、お役立ていただければ幸いです。従業員教育については、指導者の資格付与講習会や資質向上のための各種講習会以外に、同基準で配置を求めている「管理責任者」と「衛生管理者」についても、その養成講習会を開催しておりますのでご活用願います。また、当協会では「救急蘇生法」の資格取得講習会を開催しております。万一の事故に備え、救急蘇生法は従業員全員に習得させ、繰り返し訓練を行っておくことが必要です。 前述いたしましたが、マニュアルと従業員教育とは表裏一体です。作成されたマニュアルが、危機管理システムとして本当にその効力を発揮するためには、マニュアルに基づく定期的な従業員教育は不可欠です。 経営者、管理者及びスタッフ全員が、今回の不幸な事故を教訓として更なる研鑽を重ね、プロとして自信と誇りをもって日々の業務にあたれるよう、私達の業界をあげてお客様から信頼される施設運営システムを構築していきましょう。 |